閣僚が全員死んだらどうなる?

自民党の憲法改正推進本部が2011年に発表した憲法改正草案については、大真面目に考えるべきものではないのかも知れません。当時の自民党は野党で、憲法全体にわたる新憲法草案を言うべき体裁をみても、また、その中身を見ても、憲法改正に熱心な一部の人たちがまとめた資料にすぎないと思えるからです。

 

しかし近頃、それに含まれる緊急事態条項が注目されています。第九章として記されているもので、武力攻撃を受けたときや内乱、大規模な自然災害その他の緊急事態に、総理大臣が緊急事態を宣言することで、内閣が法律と同一の効力を有する政令を制定したり、総理大臣が財政上の措置をとったりすることができるといったものです。

 

この規定の危なさについては、多くの人が指摘をしているので、詳細はそちらを参照して下さい。事前又は事後の国会承認を必要とする規定があるとはいえ、法律と同一の効果を持つ政令を出せるとなれば、国会法を上書きすることもできてしまうのですから、憲法は深刻な脆弱性を含むものになってしまうでしょう。

 

そもそも、現行憲法には緊急事態において速やかな立法措置が必要であるときに備えて、内閣に参議院の緊急集会を求める権限を与えています。そのため、内閣に立法権限を与えても、それほど大きなメリットは見込めません。

 

今回、指摘をしたいのは、緊急事態と関連して現行憲法が抱える脆弱性です。併せて、この憲法改正草案の緊急事態条項と、その必要性を訴える議論が的外れであることを指摘したいと思います。

 

現行憲法では、天皇の国事行為が、いくつかの重要な手続きについて規定されています。法律等の公布、国会の召集、衆議院の解散、国会議員の総選挙の公示といったものです。(※憲法上の役割について論ずるため敬称は付けない)

 

皇位の継承は、法律である皇室典範によって定めることができ、摂政を置くことも、国事行為を委任することも認められています。従って、天皇が欠けたときといった事態には、法律レベルで対処することができます。

 

しかし、天皇の国事行為については、現行憲法では内閣の助言と承認、前出の憲法改正草案では内閣の進言が必要です。昨年、野党が臨時国会の召集を求めたにもかかわらず国会が召集されなかったように、憲法に規定されていることであっても、内閣の助言と承認なしには、天皇の国事行為は行われません。

 

ここで、現行憲法でも悪い内閣が「助言と承認」を拒んで憲法の秩序を壊してしまうことが起こり得るという脆弱性に気付いて驚いたかも知れませんが、忘れて下さい。ポイントはそこではありません。

 

国事行為に、内閣の「助言と承認」や「進言」が必要ということは、国事行為には「内閣が必要」ということです。内閣は歴史的に二十名程度の国務大臣と内閣総理大臣からなる小さな合議体です。閣議などで、全員が一箇所に集まっていることも珍しくありません。

 

もし、閣議中の総理官邸が攻撃を受けて全ての閣僚が死亡してしまうと、内閣は存在しないことになります。国会が開かれているときであれば、国会は総理大臣を指名することができます。しかし、閉会中であったとしたらどうでしょうか。

 

内閣が存在しないので「助言と承認」や「進言」はなく、天皇は国会を召集することができません。従って、国会は総理大臣を指名することができません。内閣がないので、参議院の緊急集会も開かれませんし、非常事態の宣言もできません。

 

国会議員の任期が切れても総選挙を告示できないので、6年以内に国会議員もいなくなります。下級裁判所の裁判官は10年以内にいなくなります。もちろん、憲法改正を発議することもできません。

 

つまり二十余名の死によって、日本の統治機構は「詰んでる」状態になるのです。その脆弱性は、内閣に立法権限まで与えてまで緊急事態に備えようという自民党の憲法改正草案でも放置されています。

 

さて、内閣が壊滅してしまうリスクをどの程度と見積もるかによって、この脆弱性に対応するべきかという判断は分かれることになるでしょう。しかし、私は護憲論者です。憲法を改正せずに、この問題に対応する方法も幾つか考えられます。

 

まずは、国会の自主集会を認める憲法解釈を採ることが考えられます。現行憲法では、天皇による召集を経ない自主集会を明示的に認める規定はありませんが、禁じる規定もありません。第43条は「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」と規定していますので、この規定を根拠とすることができそうです。

 

次に、閉会中の期間を生じさせないという方法が考えられます。常に開会中であれば、新たな総理大臣を指名できないという事態は避けることができます。また、内閣がなくなったら国会を召集するという「助言と承認」や「進言」を、予め出しておくという方法も考えられます。

 

最後に、民進党も綱領で「象徴天皇制のもと、新しい人権、統治機構改革など時代の変化に対応した未来志向の憲法を国民とともに構想する。」と謳っていますが、憲法はOSでいうとカーネルです。

 

もちろんOSのカーネルはアップデートもされますが、そこに触るには相当な能力と勇気、そして慎重さが不可欠でしょう。今の憲法にも不足はあります。しかし、アプリケーションで日常的にエラーを出している人たちが気軽に弄ってしまうと危ないのです。

 

 

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