先日、シン・ゴジラがテレビで放送され、閣僚が全員死んでしまったときに発生する憲法問題を指摘するツイートが話題になったようです。
内閣総辞職ビームで思い出したのだが、(縁起でもない話だけど)憲法には恐ろしいバグがあって、閉会中に閣僚が全員死亡すると、助言と承認が出来なくなるから天皇が国会の召集出来ず、新たな内閣を作ることすら出来なくなるという・・・
— 仏蘭西米 (@france_amerika) November 12, 2017
おかげで昨年書いた記事を見つけたくれた人もいました。そこで、前回の記事を補足します。
なお、前回の記事を書いたのはシン・ゴジラが公開される前で、映画とは何の関係もありません。映画の中では総理大臣と半分ほどの閣僚がゴジラにやられて死んでしまいます。
総理大臣が死亡したときには、内閣は総辞職することになりますが、国会が新たな総理大臣を指名するまでは、憲法第70条の規定により引き続き職務にあたります。
補足の前に問題の要点を記します。まず、天皇の国事行為には、内閣による助言と承認が必要です。(自民党の憲法改正草案でも進言が必要なので同じ)このため、国会の閉会中に総理大臣を含むすべての閣僚が死亡すると
- 国事行為である国会の召集ができません。
- 国会が召集されなければ、新たな総理大臣を指名できません。
- 国事行為である総選挙の施行を公示することもできないので、6年以内にすべての国会議員の任期が切れ、国会議員がいなくなります。
さらに、前回は軽く触れた程度でしたが、裁判所に属する司法権も失われることになります。下級裁判所の裁判官は、内閣が再任しなければ10年で失職します。
10年以内にすべての下級裁判所の裁判官の任期が切れ、おそらくそれよりも早い時期に、最高裁判所の裁判官は定年により退官します。裁判官がいなくなれば、令状の発行も裁判も行えなくなります。
補足1
これに関連しますが、はじめに補足する点は、行政行為の正当性についての問題です。第65条には、国の行政権は内閣に属するとあり、すべての国の行政は、その下に行われます。
そのため、内閣や第71条による職務執行内閣が存在しないときに、各行政機関による行政行為が認められるのかという問題が生じるかもしれません。
まだ裁判官が存在する時点でも、検察官の行為が認められなければ、起訴どころか送検もできなくなります。すなわち、次の補足で説明する場合で逮捕された者についてさえ、警察署で2日間拘置した後は、お帰り頂くことになります。
補足2
次の補足は、すべての閣僚が死んでしまう原因についてです。ゴジラにやられた場合も検討するべきかもしれませんが、それよりも可能性が高そうな、テロやクーデターによる場合です。
日本では総理官邸が反乱軍に襲撃される事件が、少なくとも戦前に2回、戦中に1回ありました。戦前の事件では、官邸で犬養毅首相らが殺害されたほか、私邸を襲われて殺害された閣僚もいました。
これらの事件は、外から官邸や私邸に侵入した軍人によって行われましたが、閣議のときに閣僚ら内部の者によって行われるおそれもあります。
すべての閣僚が死んでしまったとき、天皇は、憲法の規定に反することになっても国会を召集するかもしれません。それは憲法が定める手続きに反することにはなりますが、自然災害や一般的な戦争による場合ならば、実際の影響はないでしょう。その手続きを、社会が静かに受け入れるからです。
しかし、ある程度の国民からの支持があるテロ、クーデター、軍事介入によるものであるときには、憲法の停止や再制定の要求に正当性を与え、実際に影響することも想定しなければなりません。
補足3
最後の補足は、前回の話を覆すことになるかもしれませんが、国会が召集されても、又は開会中であっても、すべての閣僚が死んでしまったら、新たな内閣総理大臣を任命することはできないかもしれないという問題です。
内閣総理大臣は、第7条ではなく、第6条により天皇によって任命されますが、第3条は「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。」と規定しています。
第6条には「国事に関する行為」という文言はありませんが、その第6条についても国事に関する行為に含まれ、第3条により内閣の助言と承認を必要とするという解釈に基づけば、天皇は内閣総理大臣を任命できません。
つまり、国会が開会中にすべての閣僚が死んでしまった場合も、同様の問題が生じるおそれがあります。
それでも、国会を閉会中にしないことは有効な対策でしょう。衆議院が解散されると、憲法の規定によって閉会しますが、解散と同時に特別国会の召集を決めておけば、総選挙後30日以内に自動的に国会が召集されるようにはできます。
総理大臣の任命についての承認は、新たに任命された内閣総理大臣により組閣された内閣が行えばよいので、足りないのは「助言」だけです。
そして、第6条は、国会の指名に基づいて任命することを要求しているので、「助言がないのに任命する」と「指名があるのに任命しない」のいずれかを避ける必要があります。
おそらく、第6条が国事に関する行為に含まれるとは明記されていないこと、第6条が直接的な規定であること、国会が国の最高機関であること等から、後者を避ける方に理があると言えるでしょう。
余談ですが
これで終わっては新規性とエンタメ性に欠けるので、別の選択肢を検討してみましょう。
NHKの世論調査では「内閣を支持する理由」に「他の内閣より良さそうだから」という理解に苦しむ選択肢があります。その文字の通り、もしも「他の内閣」が存在するならば、1つの内閣が壊滅してしまっても安心です。
憲法を確認してみると、第6条には「天皇は、国会の指名に基づいて、内閣総理大臣を任命する」とあります。ここには唯一のとか、一人のといった制限はありません。
第66条第2項は「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」と規定していますが、やはり内閣総理大臣は一人でなければならないとは言っていません。
第67条は前段で「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。」と規定していますが、複数の内閣総理大臣を指名することを制限する記述はありません。
国会が内閣総理大臣を指名したときについて、既に内閣総理大臣である者が失職するとの規定も、既にある内閣が総辞職しなければならないという規定も見当たりません。
また、第5章の最初にある第65条は「行政権は、内閣に属する」と規定していますが、内閣が一つであるとは明記されていません。
第4章の最初にある第41条は「国の唯一の立法機関である」と規定しているので、国会は一つです。第6章の最初にある第76条は「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。」と規定しているので、司法権は複数の主体(裁判所)に属しています。
既に内閣があるのに国会が別の人を内閣総理大臣に指名すると、天皇がその人を内閣総理大臣を任命し、既にある内閣とは別の内閣が組織されます。
これは、バグではなく、たぶん仕様です。
最後に
閣僚が全員死んでしまうと困ったことになるのであれば、憲法を改正するべきだと思う人もいることでしょう。
しかし、前回の記事は全く拡散されませんでした。1年半後、別の方による大ヒット映画にからめたツイートは拡散されましたが、それも国民の多くに知られたわけではないでしょう。
もし、発議された改正案にバグや脆弱性が存在し、それに気づいた人が指摘をしても、その指摘を投票日までに国民が知ることはできないのです。
国民は、パンダの赤ちゃんや芸能人の不倫、政治家の失言、痛ましい犯罪被害者たちの人柄と限られた人たちによる極めて狭い議論から、憲法改正の可否を判断させられることになります。
それでも憲法を改正するべきだと考える皆さんは、どうかその前に国民が判断をするためのインフラを整えるように要求してください。
テレビや新聞が特権的に振る舞うのではない言論の自由、党派対立や政治闘争に陥らず広い視野で熟議をする議会、国民が論点を理解すること妨げるレトリックを排除できる言語と表現、まずはこれらを手に入れてください。