イスラム国という呼称について

シリア及びイラクの一部地域等を支配し、アブ・バクル・アル・バグダディをカリフ・指導者とするスンニ派イスラム国家として独立を宣言したIslamic Stateを名乗る武装組織ないし統治実体(ここでは某とする)の呼称について、日本では政府が独立宣言前の英名Islamic State of Iraq and the Levantの略称であるISILを使用する一方で、多くのテレビや新聞が現在彼らが名乗っているIslamic Stateの日本語訳である「イスラム国」を使用していることについて、イスラム教徒に対する偏見や嫌がらせを助長する等として、日本政府が使用するISIL、又はISIS、若しくはアラビア語による略称の読みからダーイッシュと呼ぶべきとする意見がイスラム教に関わりのある組織及び右派や左派を問わず市民に広がっています。

 

中妻じょうた板橋区議はChange.org日本版でNHK・民放連・新聞協会を宛先とする署名キャンペーンを立ち上げ、既に二千名以上が賛同

 

MX「モーニングCROSS」では「イスラム国」を卒業

 

イスラム国と呼ぶべきではないとする理由は次のように分類できるでしょう。
①イスラム教徒をイスラム国の国民というように誤解したり、イスラム教とイスラム国を混同することによって、日本に住むイスラム教徒に対する偏見や嫌がらせ、犯罪が発生するおそれがある。
②国として承認されているとの誤解を生じさせるおそれがある。
③行いが残虐・敵対的であり、敬意を示すべきではない。

 

日本が国交を結んでいない統治実体としては、台湾や北朝鮮があります。それらを中華民国や台湾国、朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)と呼ばないのは、②や③の理由によるものと考えることができます。おそらく①については他に同様の問題は存在しませんでしたが、国を問わず敵対する国の国民や民族が嫌がらせを受ける等の事案は度々あります。

 

台湾や北朝鮮という呼称は支配地域が安定しているから言えるもので、某にこの様な地理的な呼称を付けることはできません。①を満たすことだけを考えれば、ISILやISISでも、ISでも良いでしょう。しかし、ISや独立宣言前の呼称であってもIslamic Stateが含まれる名称の略称であるISILやISISを②の視点から批判する人もいるはずです。

 

ダーイッシュはアラビア語での略称の読みですが、ISILやISISよりも敬意を示さない言い方として捉えられている人もいるようで、その場合は特に③の視点から支持されています。しかし、米軍がダーイッシュ呼びをしているからという理由から採用することには、政治的に中立ではない、敵対的過ぎると考える人もいるはずです。

 

同様に、政府が使用しているからという理由でISILを使用することにも否定的な人がいるはずです。報道機関が現にどのような姿勢であるかは別として、仮に政府の外交政策において反某を明確にし得るとしても、政府と同じ姿勢を報道に対して求めることは適切とは言えません。これらの否定的な考え方は報道機関と政府・軍等の関係を慎重に考えれば正当性があります。

 

一般論として、国が独立する過程では、既存の権力が独立闘争をする組織や人をテロリストと呼んだり、武装闘争をテロと言い表すことは普通のことですから、テロリストであるから国や国に準ずる組織として扱うべきではないとするのも説得力に欠けます。

 

ともあれ、絶大な影響力を持つテレビや新聞が、事情に疎い人々に誤解を与え、イスラム教徒の人々に対する嫌がらせ等を助長しかねない呼称の使用を徒に放置することは適切とは言えません。台湾や北朝鮮のように地理的な呼び方ができないのであれば、指導者の名前からバグダディ集団のような呼び方をするのが適当ではないでしょうか。

 

¶それは国か組織か

一般に、ある国がその領域内において我が国に敵対的な行い、又は自国民に非道な行いをしているときには、その政府や政権を行為の主体として扱うはずです。(内戦状態にあれば尚更で、シリアについては日本が承認している統治機構をシリアとは呼ばずにアサド政権と呼んでいたり)
その点が、某については曖昧になっています。つまり、イスラム国という呼称は、彼らは国の名前として定義しているはずですが、日本のテレビや新聞で使われるときには武装集団を指す言葉として使われているのです。

 

¶表現の自由との関係

テレビや新聞にイスラム国という呼称を使用しないように求めることは言論の自由を侵すことになると考える人もいるかも知れません。例えば、政府がISILという呼称を使用するようにテレビや新聞に命令をすれば、それは言論の自由を侵すことになります。
しかし、テレビや新聞のみが社会的に有効な言論を行うことができるという非対称化した現実において市民が修正を求めることを否定すると、言論の自由は完全にマスメディアの特権になり、国民はその自由を失うことになってしまいます。

 

言論の自由は大切な権利であり、国教を含む特定の宗教に蛮行の原因があるという意見があったとしても、私はそれを規制するべきではないと考えています。また、意見の正否を判断できるという前提に基づいて言論を規制することは避けなければなりません。イスラム国という呼称を変更するべきであるかについても、報道機関が熟慮の上でイスラム国と呼ぶべきであると判断しているのであれば、その影響によって生じた被害の責任を求めたりすることは適当ではないと思います。

 

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