夫婦別姓について諸々書いてみた

最高裁判所が夫婦別姓について違憲ではないと判決しました。

 

私はこの問題や選択的夫婦別姓案の存在を知ったのは15年前で、水島広子さんの事務所に伺わせて頂いたとき、集会に参加させて頂いたときです。そのときから、問題を解決することには賛成です。もっとも、その後に興味を持って調べるほどのこともしていないので、ほとんど知識はありませんが、そんな立場から少し。

 

まず判決文を読むと、この問題を国会で論ぜられるべきものとしており、わざわざ選択的夫婦別姓を違憲とするものではないことを指摘するなど、丁寧な配慮がされています。残念ながらマスメデイアでは裁判官の年齢や性別を理由と思わせる伝え方をしているところもありますが、そもそも裁判所は法的な判断をするところであって、政策の善し悪しを判断するところではありません。

 

また、女性裁判官3名はいずれも違憲と判断したという伝え方もされています。その岡部・櫻井・鬼丸裁判官は、岡部裁判官の意見に櫻井・鬼丸裁判官が同意する形で、意見を統一しています。これには正直、違和感を持ちました。もちろん偶然そうなった可能性もあるでしょう。しかし、三名が「女性裁判官の役割」を演じてしまっているとしたら、好ましいとは言えないでしょう。

 

さて、現在の民法は夫婦いずれの氏を選択するかは当事者に任せています。ほとんどは夫の氏を選択していますが、それには慣習や希望、夫の氏を選択しても職業上の不都合がないといった理由が考えられます。また、判決文でもおそらく触れられていないと思いますが、広く社会が女性の氏は変更されることがあると認識していることもあるでしょう。これらの理由を積算した結果、夫の氏を選択する確率が高くなることは不自然ではありません。また、このような社会的な原因は、選択的夫婦別姓を導入して変わるものでもありません。

 

氏の機能については、家族と個人について、それぞれ作用する内部的なものと外部的なものが考えられます。家族に作用する内部的なものは所謂「家族の絆」、外部的なものは家族の識別、個人に作用する内部的なものはアイデンティティ、外部的なものは同一性識別機能です。

 

おそらく選択的夫婦別姓を求めている人は、アイデンティティや同一性識別機能が婚姻によって損なわれることを批判しています。ただ、同一性識別機能については、インターネットの高度な普及によって、状況が変わってきているかも知れません。氏名を検索すると同姓同名の別人がヒットする可能性も相当程度高く、インターネット社会ではSNSのアカウントで個人を識別し、ウェブサイトで経歴を一覧することができるからです。

 

職業上の個人の識別には、企業名などが使われることもあるでしょう。企業名は企業が自ら変更することもあれば、合併によって変更されることもあります。個人が企業を移ることもあるでしょう。そう考えると、同一性識別機能について言えば、こうしたときにも個人の識別ができる、インターネットにおけるDNSのような名前解決のインフラを整備する方が合理的かも知れません。

 

また、選択的夫婦別姓の議論を見ると、キャリアを積もうとする女性といわば家庭に入ろうとする女性を分けているような印象を受けます。しかし実際には、婚姻によって家族が同じ氏を持つことを積極的に肯定しながら、職業上では同一性識別機能を求めているといった人もいるでしょう。婚姻時とは違う希望を持つようになることもあるでしょう。もちろん男性についても同じです。

 

そもそも混乱の原因は、氏の機能同士の対立であると考えれば、機能によって分けるという選択肢もあるでしょう。家族の名称と同一性識別機能やアイデンティティを期待する氏名を分ける方法です。この方が子どもに関連する部分で、社会的な合意を得やすい可能性があります。

 

不都合の解消を求める人々の要求が、選択的別氏制によって解消されるかについても、検証が必要かも知れません。民法や商法には、法律上は存在してもほとんど使用されていない制度もあります。別氏がほとんど選択されなかったときには、その存在が社会から忘れられてしまい、不都合が解消されなくなってしまうおそれもあります。

 

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