「一票の格差」訴訟について

昨年7月の参議院議員の通常選挙について「一票の格差」により違憲であるとして選挙の無効を求めた訴訟で、最高裁判所大法廷は「違憲状態」とする判断を示し、選挙の無効については棄却する判決を出しました。

 

判決理由では、参議院の選挙制度を抜本改革するとした改正法の付則を評価し、違憲状態とする前回の判決から選挙が行われるまでに法律の改正が行われなかったことを違法とは言えないとしています。

 

裁判官の反対意見

複数の裁判官から補足意見や反対意見があり、うち大橋正春・鬼丸かおる・木内道祥の各裁判官は違法を宣言すべきとする反対意見を示し、山本庸幸裁判官は選挙を無効とするべきとする反対意見を示しています。

 

鬼丸かおる裁判官の反対意見

鬼丸裁判官は「参議院議員選挙においても,投票価値の大きな較差を許容し得る合理的理由はなく」とし、前回衆院選に関する同様の訴訟において示した意見と同じく「できる限り1対1に近い投票価値の平等の実現が憲法上求められる」と指摘しました。

 

また、少人口地域の情勢や声が国会に伝わらなくなるといった意見については、「参議院議員は全国民を代表するものであって(憲法43条1項),当該議員が選出された選挙区の地域や居住者の利益等,国民の一部の利益を代表する者ではない。」とし、さらに「通信や交通の手段が格段に発達し,全国各地の情報を速やかに入手することが極めて容易になった」として「少人口地域の情勢や声が国会に伝わらないというような事情は既に解消されている」と指摘しています。

さらに、「憲法に参議院の存在意義を都道府県等の地域性に置く旨の規定は存在せず」と指摘し、憲法制定過程などに触れ、参議院を地域代表により組織するという考え方を否定しました。

 

木内道祥・大橋正春裁判官の反対意見

木内裁判官は「平成21年大法廷判決が現行の選挙制度の仕組み自体の見直しが必要であると述べている」と指摘し、「国会が違憲状態にあることを平成24年大法廷判決の言渡しに至るまで認識することができなかったと断ずることが相当とは思われない」としています。

 

選挙を無効としたときに生ずる不都合を考慮して、違法であっても無効とはしないという事情判決の法理というものがあり、選挙無効訴訟では、①選挙全体を無効とするのか、一部の選挙区のみを無効とするのか ②無効としたときに、それまでに議決された法律等が効力を失うか、失わないか、といったことが問題とされてきました。

 

これについて木内裁判官は、「参議院としての機能が不全とならない範囲で選挙区の選挙を無効とし,それ以外の選挙区の選挙を,いわゆる事情判決の法理により無効とせず違法の宣言にとどめることが可能である」とする考えを示し、しかし「選挙を無効とする選挙区を選択する基準を必要とする」として、違法を宣言するにとどめるべきとしました。

 

一方、大橋裁判官は「一部の選挙区についてのみ選挙を無効とすることができるという考え方についてはいまだ十分な議論がなされていない」として、事情判決の法理によって棄却するべきとしています。

 

山本庸幸裁判官

無効とするべきという反対意見を示した山本裁判官は、「日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」などの憲法前文を示して「代表民主制に支えられた国民主権の原理を宣明している」と指摘し、「衆議院及び参議院の各議員は,文字どおり公平かつ公正な選挙によって選出されなければならない」、「いずれの国民も平等に選挙権を行使できなければ,この憲法前文でうたわれている代表民主制に支えられた国民主権の原理など,それこそ画餅に帰してしまう」としました。

 

その上で、「国政選挙の選挙区や定数の定め方については,法の下の平等(14条)に基づく投票価値の平等が貫かれているかどうかが唯一かつ絶対的な基準になるものと解される」と、ある程度の投票価値の不平等を生じさせる選挙制度は国会の裁量権によって許容されるとする考え方を否定し、衆議院選挙についても「2倍程度の一票の価値の較差でも許容され,これをもって法の下の平等が保たれていると解する考え方があるが,私は賛成しかねる」と言及しています。

 

技術的理由などによる格差についても、「せいぜい2割程度の較差にとどまるべき」として、行政区域を選挙区割りの基本単位とするべきではないとし、「例えば投票所単位など更に細分化するか,又は細分化とは全く逆の発想で全国を単一若しくは大まかなブロックに分けて選挙区及び定数を設定するか,そのいずれかでなければ,一票の価値の平等を実現することはできないのではないかと考える」としています。

 

さらに山本裁判官は「国政選挙という代表民主制を支える最も重要な制度の合憲性が争われる争訟において,裁判所がこれを違憲と判断しながら当該選挙を無効とせずに単に違法の宣言にとどめるということが,法律上の明文の根拠もなく許されるものであるかどうか,私には甚だ疑問に思えてならない」と、裁判所の姿勢に対しても厳しい見解を示しました。

 

国会は誰のものか?

山本庸幸裁判官や鬼丸かおる裁判官の反対意見には同意するところが多くあります。特に目を引くのは、山本裁判官が憲法前文を示して「代表民主制に支えられた国民主権の原理を宣明している」と指摘したり、裁判所が無効と判決しないことが許されるのかと指摘したりしている点です。

 

山本裁判官は選挙制度について言及していますが、選挙区割りを行政単位などによらずに決めるとしたときには、区割りで選挙結果を有利にしようとするゲリマンダーや選挙事務の複雑化といった懸念が生じてしまいます。

 

これらの不都合を回避するためには、選挙区ごとに比例代表の票に倍率を設定して、有権者一人一人の投票価値が平等になるよう調整する仕組みが良いでしょう。この方法では選挙区人口の変化にも柔軟に対応できます。

 

また、鬼丸裁判官の指摘する通り、現代では通信などを使って少人口地域の情勢や声を拾うことは容易くなっていますが、その実感を少人口地域の人々が持てていないとするなら、委員会ごとに定期の地方公聴会を行うのが良いでしょう。

 

国会議員を地域の代表者とせずに、全国民の代表者であるという原則に従えば、少人口地域の声が国会に届き難くなるということにはならないのです。そもそも、職業を初めとして様々な部面で多様化した現代において、地域という要素をとりわけ強調、重視することは適切ではないはずです。

 

大橋裁判官の意見には「是正に係る国会の裁量権は,この主権者による政治的な権能の行使による監視・制約を前提にするものであることを付言しておきたい」とあります。

 

「一票の格差」が議員定数の削減と混同されることもありますが、当然のことながら、裁判所は議員定数の削減を求めたりはしていません。選挙制度や各院のあり方を大手メディアや国会議員に任せきりにしていると、気付かないうちに選択する権利を奪われていたり、正当な代表を持てない仕組みになってしまうかも知れません。

 

アベノミクスの論点

 

目標→名目経済成長率3%とデフレからの脱却

手段→三本の矢
①大胆な金融政策
②機動的な財政政策
③民間投資を喚起する成長戦略

 

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資料:アベノミクス「3本の矢」(首相官邸ウェブサイト)

 

第一の矢

「大胆な金融政策」には、「金融緩和で流通するお金の量を増やし、デフレマインドを払拭」という説明が記されています。

 

この説明では、政策の効力は国民のデフレマインド、デフレ心理に対して作用しなければなりません。普通の解釈では「流通するお金」はマネーストックと呼ばれる預貯金などを含むお金を指します。このマネーストックは通常、銀行が企業などに資金を融資をすることで増えるものです。

 

仮に金融引き締めによって融資が制限されていたのであれば、金融緩和をすると融資と設備投資が増えます。しかし、もともと緩和状態にあり、銀行が自由に融資できる、非常に長い間超低金利の状態にあるのにさらに緩和をしても、融資はそれほど増えないはずです。

 

そのため金融緩和の効果に対しては懐疑的な見方もあるのですが、そもそも融資が増えても、それによって国民のデフレ心理を払拭することにつながるかという疑問があります。

 

金融緩和を支持する人のなかには、日本銀行がお金をいっぱい発行することで、お金の希少価値が下がって、デフレ(お金の価値が上がり、物やサービスの価格が下落すること)から脱却するという人もいます。

 

しかし、そもそもデフレは、供給力と比べて消費が少ないことの結果です。存在するお金の量ではなく、消費のために支払われるお金の量で決まるのです。実際には紙幣を印刷するわけではありませんが、日本銀行の金庫にしまわれている紙幣をどんだけ増やしても意味がないのです。

 

もっとも、対象が「マインド」であるならば、金融緩和をプロパガンダの材料として使うことで目的が達成される可能性はあるでしょう。事実、2013年からテレビなどで盛んにアベノミクスという言葉が使われ、「大量の資金を供給する」という表現に期待をして、マインドが変わったという人もいるかも知れません。

 

円安と株高

資料は株価や為替には触れていません。安倍政権のもとで円安(円高の是正)が進みましたが、それが金融緩和の影響であるのか、それとも円高を容認していた民主党政権が終わったことによる影響か、あるいは震災・原発事故後(エネルギー要因だけではありませんが)の貿易赤字による影響であるのかは判別できません。また、株高についても、市場が円安やアベノミクスの効果を期待したものであるのか、あるいは世界的な景気回復や日銀によるリスク資産の買取、GPIF(年金資金管理運用独立行政法人)の運用方針の変更などの需給要因であるのかは判別できません。

 

ただ、重要なことは実需、特に個人消費です。株価の上昇によって保有する株の時価が上がり、それを資産家が実質的な所得増とみなして消費を増やす行動、資産効果と呼ばれるものは、資料が表すアベノミクスには含まれていません。また、資産効果が過剰な株価によるものであれば短期的で反動が生じる危険があり、正当な株価によるものであるとしても、将来の労働分配を減らしたり、法人税率を低下させるものであるかも知れません。

 

第二の矢

「機動的な財政政策」には、「約10兆円規模の経済対策予算によって、政府自らが率先して需要を創出」という説明が記されています。イラストには「政府支出でスタートダッシュ!!」と記されています。政府が公共事業などを増やして、全体の消費(需要)を増やすということでしょう。これは古くから行われてきた手法ですが、景気を良くする効果はあるはずです。

 

しかし、近年は公共工事をするにしても供給力が足りず、予算を執行できない、工事を発注できないということがあります。一方、個人に対する減税や給付では、供給力が不足することはありません。ただ、個人に対する減税や給付には「乗数効果が低い」とか、バラマキであるという批判が行われることがあります。これらの批判は適当ではないのですが、説明をすると長くなるので、「増税をして公共事業をする」という選択肢の逆であると考えて頂ければ良いと思います。

 

需要を増やすことはデフレを解決する正当な手段で、個人に対する給付や減税でそれを達しようとするならば、正しい政策だと言えるでしょう。財政についての懸念をお持ちの方は、こちらのページから私の考えをご覧下さい。ただ、財政による需要創出は、「スタートダッシュ」のような一時的なものであってはいけません。カンフル剤ではないのです。

 

第三の矢

「民間投資を喚起する成長戦略」には、「規制緩和等によって、民間企業や個人が真の実力を発揮できる社会」という説明が記されています。イラストには「規制緩和でビジネスを自由に!!」とあります。

 

アベノミクスは名目経済成長率3%を目標にしているので、第一の矢の大胆な金融政策を行う日本銀行が目標としているインフレ率2%が達成されると仮定すれば、実質経済成長率は1%あれば良いということになります。資料にはスーパーマンのように空を飛ぶマッチョが描かれていますが、そもそもこの値は政府が何もしなくても達成されるレベルです。

 

誤解をしている方が多いのですが、景気の良し悪しを決める需給バランスと、労働力や生産性の伸びは違います。従って、非常に景気が悪いけれども経済成長率が高いということもあり得ますし、その逆もあり得ます。第三の矢、生産性政策が上手くいけば需給対策である財政措置が不要になるとは言えないのです。

 

期待できない規制緩和

規制緩和には生産性に対する効果はどの程度あるのでしょうか。競争による生産性の改善を期待できない市場で規制緩和をすると、逆に生産性が低下してしまうことがあります。例えば、タクシーは競争を激しくしても生産性を改善することが難しいので、規制緩和をして参入者を増やすと稼働率が低下して生産性が悪くなったり、買い叩きによる生産性の改善を伴わない価格と賃金の下落を招いてしまいます。

生産性を上げようとするのであれば、生産性を上げる要素、ロボットや機械、情報機械の導入や仕組みを変えることを支援する制度や支援に力を入れた方が、高い効果を期待できるはずです。

 

 精緻な検証を

日本では十年以上前から「財政で一時的に経済を刺激し、民営化や規制緩和で民間の成長を促す」ことを経済政策として正しい政策とみなし、それを時代の流れとして位置づけることで、異なる意見が排除されてきました。金融緩和について明確な説明がなされない限り、アベノミクスもその延長にあると言って良いでしょう。

 

しかし、アベノミクスを衆議院選挙の「争点」として政策本位の選挙を行うと言うのであれば、たとえ野党が主張していないとしても、何が正しいのかを有権者が自ら考えるために、これまで排除されてきた意見も国民に伝えられなければいけないでしょう。精緻な検証をせずに、 異論を排除して国民に判断をしろというのは公正ではありません。

 

7条解散について

憲法第7条は天皇の国事行為について定めています。

 

天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。

 

そして「三 衆議院を解散すること。」と規定されています。第69条は衆議院が内閣不信任案を可決したとき、又は信任決議を否決したときについて「十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。」と規定しています。この場合での解散でも、衆議院を解散すること自体は天皇の国事行為なので、第7条によって行われます。

 

ですが、いわゆる7条解散は、第69条とは関係なしに衆議院を解散することを指します。この7条解散には憲法違反であるという主張もあります。私の考えを言えば、第69条に関する解散が合憲であるとすれば、7条解散を違憲であると言い切ることは難しいと思います。

 

ただし、衆議院を解散するのは、内閣総理大臣でも内閣でもありません。そして、第7条には「国民のために」という目的が入っています。衆議院を解散するのは国民統合の象徴たる天皇であり、その行為は「国民のために行う」と規定されているのです。助言と承認をするのは内閣ですが、国民のためではないのに衆議院を解散させれば、当然、内閣は憲法を犯して天皇に不当な行為をさせたということになります。