将来世代に先送りしている?

私たちは十年以上も前から、この言葉を繰り返し聞かされてきました。

 

将来世代に負担を先送りしない

 

もし、今の私たちが将来世代に負担を先送りしているのであれば、大半の人が合意できることであるに違いありません。しかし、本当にそうでしょうか?

 

この言葉の「負担」はご存じの通り、1000兆円に達する、いわゆる「国の借金」を指しています。いわゆるというのは、正確には「国の」ではなく、「政府の」借金だからです。

 

先ほどの言葉は「1000兆円の政府の借金を将来世代に残して、返済の負担を負わせない」という意味になるのですが、ここに間違いがあります。そのことを2つの視点から説明してみましょう。

 

お金の視点

「借金」には、必ずセットで同じ量の「貸金」が存在します。必ず一緒に生まれて、一緒に消えるのです。「返して貰う権利」と「返す義務」が必ずセットで、同じ量だけ存在するということです。

「政府の借金」があれば、その分「誰かの貸金」が存在するのです。このグラフは、家計、政府、海外などの、それぞれの金融負債と金融資産、借金と貸金を合わせた額を、時系列上に表したものです。純資産では家計がプラスで、政府や企業、海外がマイナスになっています。

 

ここから分かることは、「政府の借金」と「企業の借金」と「海外の借金(日本側からみると資産)」の裏には、「家計の貸金」があるということです。そして、「家計の貸金」が増えるためには、他の誰か、政府や企業や海外が「借金」を増やさなければならないということも、お分かり頂けるはずです。

 

現実の視点

タイムマシンを欲しいと思ったことはあるでしょうか。タイムマシンがあれば、完全にロボットによって生産された物や未来のテクノロジーを現代に持ってくることができます。けれども、タイムマシンは実在しません。私たちは、将来の世代が生産する物やサービスを消費することはできません。

 

それならば、将来の世代は、自分たちが生産する物やサービスを私たちから奪われることもないはずです。私たちは将来世代に負担を先送りしているのでしょうか?

 

借金の返済にお金を使えば、買えるものは少なくなる。これは私たちの日常生活、個人にとっては当たり前のことです。しかし、将来の世代は、自ら生産した物やサービスを、すべて自ら消費することができます。過去の人たちに奪われることはありません。

 

実は先送りしていない

預貯金をする家計は、将来に相当の物やサービスを消費できることを期待しているかも知れません。しかし、預貯金で貯めているのは、あくまでもお金であって、物やサービスではありません。物やサービス、それを生産する労働力は貯めておくことができないのです。

 

もし、家計が将来において預貯金を減らして、物やサービスの消費に使おうとしたらどうなるでしょうか?貯めているのはお金で、物やサービスではありません。物やサービスを消費するために支払われるお金の量は増えますが、物やサービスの供給力は増えません。

 

そうすると、そのままでは物価が上昇してしまいますから、政府が増税などをして、消費するために支払われるお金の量を調整することになります。預貯金が老後の生活資金であると仮定すると、この構図は社会保障と同じになります。

 

生産者 -税→ 政府 -借金の返済→ 銀行 -引き落とし → 高齢者

 

このように、物やサービスの生産者から高齢者へ、消費に使われるお金が移ります。そして、この流れのなかで、家計の貸金と政府の借金が、同時に減ることになるのです。そして、ここが大切ですが、将来の人々が消費する物やサービスは減りません。

 

お分かり頂けたでしょうか。これまで、重要なテーマであるにもかかわらず、整理して丁寧に議論することが行われてきませんでした。そのために、将来世代に負担を先送りしないという言葉が、検証されることなく使われ続けてきたのです。

 

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